悪態をつく人

日記をつけると、振り返りができて良いなと思う。人は自分の行った事を肯定したがるが、あとで改めて考え直してみれば、実は間違っていた、と気づく場合もあるからだ。

 

昨日後輩と昼ご飯を食べている時、以前同じ事務所にいたA君が、別の事務所で随分と客の文句を言うと聞いた。

電話を切った後に、かなりの頻度で、かなり毒突くという。そして、手に負えないという。私の部署を離れて随分立つが、ある程度教育に関与しただけあり、なんだか悲しくなってしまった。

 

A君は、私のいる事務所に新人で配属された。

 

今時の若者だからと、かなり丁寧に仕事を教えていた。厳しくするのは厳禁とされ、手取り足取り仕事を覚えさせた。

あまり甘やかすのはどうかと思っていたし、私の教育方針は基本的には優しく厳しくの両立だったが、優しく優しくにせざるを得ない状況になってしまった。

 

仕事はひとり立ちしてこそ。

A君に話を聞けば、随分と自信があるような事を言ってのける。なかなか頼もしいじゃないか、という事で、2年目に入ろうかというところで客先訪問を1人で行けるようにコントロールした。もちろん、本人もそれを望んでいたから、やる気があって良いねと褒めて送り出した。

ただ、サポートはするけれども、できるだけ自力で仕事をしてみなさいと、少しだけ遠ざけた。

 

すると、一月で仕事が合わないと言い出した。

 

直接業務は嫌いで、間接部門への転換を要望した。

一人前になるのは簡単ではない。少なくとも3年はかかるんだ。できる方がおかしいのに、何故そんなに焦るのか、と思っていた。

 

A君がが思っていたように仕事が上手くいかなかったようだったが、彼はそれ以上に、諸先輩からのサポート不足を言い出した。

会社はそれを受けて、配置転換を実施。あと2年配属を変えないでほしいという私の希望は無視しされた。

 

言ったもん勝ち、と思った。

これではワガママが社会で通用すると言っているだけではないか。

 

教育方法が悪かったとか、サポートが悪かったとか、会社は事務所や私を批判したが、どうだろう。結果として現場よりヌルい部門へ移った彼は、客に悪態をつくようなダメな人間になってしまったではないか。

しかし、教育はとてもデリケートで、とても難しい。どんなメソッドを使おうが、必ず文句はでるだろう。

人1人の人生を狂わせたことへのちょっとした罪を感じ、私の反対を会社が聞き入れてくれたならな、なんて後悔するが、あとの祭りだった。若い社員の仕事の辛さを聞き入れるのは、やはり程度を考えなくては、と自分の糧にするしかない。

 

それでも、教育の正解が欲しい。会社は事務所任せにせず、担当者のせいにせず、基準を設けて欲しい。

 

などと、日中は考えていたのだが、あの時もっと引き留めておけば、とか、優しさの観点が違かったのではないか?とか、この日記を書きながら考えた。

そして、次の課題を解決する、本当の糧になる。自分を一度崩して再考する感覚。この時間を大切にしたいと思う。

そしていつか、A君にも、この事を伝えられたらな、なんていう私は、やはりアマアマちゃんなんだなあ。

 

 

本日も monogress をお読みいただき、ありがとうございます。

今日はコンテンツ側の更新はありません。昨日寝なければよかった、と反省です(^ ^)

また明日、遊びに来てくださいね。

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