日記:「座右の銘」元気になる言葉を持とう

さて、本日のブログのテーマは、クルマ関係でも家関係でもありません。

 

新型コロナウイルスによって、日本全国の人々が困っていたり、悩んでいたり、自分もそうであったりしますので、なにか元気になれるような記事を書きたいと思っておりました。

 

そんな折、九州から始まった豪雨によって、いつまで我々を痛めつけるのか!という気持ちになってしまいまして。ならば元気モリモリになりそうな話題でもふってみようかな、と考えて、今日の記事を書こうと思います。

 

軽く読んでください。ヒトの考え方を読むと、”うさんくさい”って思うことがあるから・・・基本的には、悲しくはならない記事のハズです。頑張れよ!とか、明日があるさ!とかは言いません。

 

緑いろの絨毯

 

人が生きる上で便利なものって、いくつかある。

 

クルマ?そうじゃない。マイホーム?あぁ、それは便利、というか大事・・・いや違う。そういうことではない。例えば、勉学で得た知識、人との関わり合い、人間ならではというやつだ。

 

人が生きる上で便利なもの、それは、「座右の銘」がある。自分の考えを纏めたり、芯を通したり、つまり自分自身を作り上げるもののひとつの要素としての言葉が、座右の銘だ。

 

例えば、「有言実行」なんていう四文字熟語を座右の銘とする人もいるだろうし、「笑われて、笑われて、強くなる」なんて太宰治っぽい言葉を使う人もいる。自分が迷った時、どういう行動を取ればいいか考える時、成りたい自分を明確に持ちたい時に、座右の銘を用意しておくと大変便利なのである。

 

ま、そこは分かりきっているものとして話しをすすめる・・・ブログというのは、知りたい情報を知るために読むものである・・・そう、まこまちさんの座右の銘は何か?というところに話題を振らなくてはならないよね(笑)

 

イラスト プジョー 308SW

 

私の座右の銘は、「他人(ヒト)に厳しく 自分にあまく」である。

 

おいおいおい!と。普通は「自分に厳しく 他人にあまく」だろう?というツッコミには慣れているぞ。そう、尊敬できる人物というのは、自分に厳しく、他人に優しい人である。しかし私は、ここを屁理屈で曲げてしまおうと思い立った。

 

もっと直感的に、わかりやすい座右の銘にしたかったからだ。

 

「他人に厳しく」は、そのとおり他人には厳しい物言いをする。とくに、自分が大事だと思っている人に対して、しっかりと厳しく接するときがある。どうでも良い人には厳しくしても意味がないから、しない。私の為にはならないからね。

 

厳しく接するのは、その人が誤った行動をするのを見たくないから。大事な人なのだから、人に嫌われるようなことはしてほしくないし、仕事も失敗してほしくない。だから、厳しい言葉をかけることがあるし、それで良いと思っている。

 

もちろん、闇雲に厳しく接しても意味はない。ウルサクて面倒くさいおっさんになってしまうから(^^;)

 

だから、厳しさの前後(大概、逆上しているので、後の場合が多いぞ・・・!)には、なぜ厳しいことを言ったのか説明をする。納得してくれれば嬉しいし、納得いかないのなら”しかたない”。

 

しっかりと愛情を込めて、しっかり接する、叱る。これができないと、自分の生きている意味は無いのだと思ってしまうからね。

 

余談だが、叱ることを子供にできない親がいるけれど、だいたい子供にナメられているように見える。愛情、あるのかな、あの親って思う。叱ることはとても辛いことだけど、その辛さを自分が受け入れて叱らないと、それが子供であっても言葉は正しく伝わらないよね。

 

卒業式

 

なら、「他人に厳しく 自分に甘く」の「自分に甘く」ってなんなのさ?ってなる。

 

人に厳しいことばかり言っておいて、自分の行動には甘いのか?と言われそうだけど、そうじゃない。

 

本当の意味は、「自分に甘くしているように見えるほどに、叱る相手よりも切磋琢磨する。」である。かっこいいでしょ?

 

相手が困っていて、相談してきたとする。それが相手の失敗だったとしたら、私は間髪入れずに叱るだろう。そして相談事が解決できそうなヒントを与える。あのあたりを調べてごらん、みたいな。

 

その上で同時に私自身も相手の手助けを裏で行う。必要な知識を調べ上げて、答えが出なかった時の、最悪な状態に至る前で止まるような、そういう準備を行っておく。(ずいぶん、会社的な話になってしまった・・・)

 

これが私の基本動作であり、座右の銘として「他人に厳しく 自分に甘く」を心に刻んでいる。少し八方美人なところもあるけれど、それで良いと思っているのだから仕方がない(笑)

 

紅葉ドライブ カーライフ

 

ところで、なぜ座右の銘の話しをしたのかと言うと、苦難が降り掛かった時にとても大事だから。心が折れそうになった時、自分を支える言葉が、座右の銘だと思っている。

 

難しい話ではない。座右の銘は、自分の心の鏡だと思ってもらうと良い。むしろ、自分の考え方を一言で表すもの。かっこいい言葉なんて要らなくて、自分の基本的な考え方ってなんだろう?って想像して、関連する言葉を作り出せば、それでよい。

 

 

新型コロナウイルスの影響で、仕事を失った人、忙しくなった人、今までの生活からガラッと変わると、心の負担は大きくなる。豪雨で避難しなくてはならない人、被災した人。大変なコトになってしまったよね・・・

 

優しい言葉で励ますことはできる? 私には、ちょっと無理だ。励まされる人のことを思うと、余計に辛くなるんじゃないかなって。私自信ひねくれ者ですので、つらい気持ちの時に励まされると、更に辛くなる(可能性の高い)人間だからです(^^;)

 

だから、もしも辛い人がこの記事を読んだ時に、ちょっぴりでもやる気が出るようにと、書いてみた。役に立ってくれると、うれしいな。

 

窓の水滴

 

もしも、大変なめに遭ってしまった時。心に刻んだ座右の銘でも、想い出の言葉でも、思いだしてみよう。きっと心の支えになるはずだ。

 

人生、辛い時は必ずある。辛い時があるからこそ、愉しい事が、より愉しくなるものだ。しかし、そうは言われても辛い時は辛い。大人だって、涙を流したくなる時はある。

 

そんな時は、空を見上げよう。なにもない空を見ると、世界の中で、ちっぽけな自分を感じるかもしれない。自分ができることなんて、何の意味もないと感じるかもしれない。それでも空を見上げよう。

 

そして、座右の銘を口に出すんだ。

 

少し涙を流した後は、その言葉通りのことをしてみよう。力がみなぎる。貴方を支える力になる。ちっぽけな自分が何故生きているのか、わかるはず。

 

それが座右の銘、言葉の力だ。

 

貴方の心の支えのために、座右の銘を持ってみよう。もしもすぐに見つからないなら、あなたもぜひ、「他人に厳しく 自分に甘く」をつかってみよう!

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