子供の「感覚」を養うには、実際に見て、触って、使うことが大事。というのは、私達夫婦の合言葉である。
芸術が好きな夫婦の間に生まれた子だから、良い美的センスを育んであげたい。美術館めぐりはモチロンの事、芸術に通ずるモノについては妥協せずに子供に与えた。
その行き先を子供がどう選ぼうと、後悔は無い。ただ、選べる選択肢は増やしてあげたい。夫婦のワガママであることには変わりないが、プロ野球選手、サッカー選手、音楽家を目指す子供のように、芸術の道を作っておきたかっただけ。
手に取るものの美しさ。いつかは理解し、花ひらく。
芸術は手元から
美と矯正を兼ねて使う
「平茶わん」
野原に咲く花のように、卓上を着飾る「たいら」な茶碗。
デザインは特別であってはならなくて、使いやすく、美しければそれでよい。ただ、それらは高いレベルで融合している必要があると考える。
白山陶器の「平茶わん」は、高さが浅く洋食器との合わせが効くので、愛用している。
浅い分だけ、広さがある。だから、ご飯をよそうと柄や模様を楽しめる。食卓が明るく映える。
平らな分、茶わんを手の上に乗せるように持つ必要がでてくるが、子供に正しい茶わんの持ち方を矯正できる力がある。
良い食器 良い食事
この「平茶碗」は、白山陶器が1992年より発売している、いまや歴史ある茶碗といってもいいもの。
白山陶器といえば、醤油差しが有名。醤油の垂れない醤油差し。一度は耳にしたこともあるでしょう。
我が家では、子供が生まれる前に、ファインボーンチャイナ(ニッコー)の白色食器と、子ども用食器を揃えておいた(腹ペコ青虫!)。良い食事をさせるなら、良い食器をもたせるべきとは家内の言葉だが、良い食器を使うと無駄な力をかけずに済むから、食器の使い方が上手になる。
良い食器は、長く使える。我が家の食器はもうすぐ15年目を迎えるが、傷がつくのは仕方がないけど、美しさも使いやすさも変わらない。
しかし、ファインボーンチャイナの茶わんは私には合わなかった。そこで探し、見つけたのが、白山陶器の平茶わん。手にとった瞬間に、購入しようと即決めた。理由は簡単。軽く、持ちやすく、美しかったから。
1958年、白山陶器でG型しょうゆさしをデザインしたデザイナー「森正洋(もりまさひろ)」は、第一回グッドデザイン賞を受賞。
1978年まで勤務した白山陶器を退職後、産業デザイン研究所を設立。2005年の死去まで、日本・世界で様々な研究をつづけ、100を超えるデザイン賞を受賞する。
1992年に発表した「平茶わん(平めし茶わん)」は、1993年にグッドデザイン賞、2004年にはロングライフデザイン賞を受賞している。
良いものは触ればわかる
実際、グッドデザイン賞の受賞については、あまり意識してはいなかった。自分で手にとって、使う日常を思い浮かべて、良いと思えばそれを買う。
私が良いと言ったのだから、それは良いものと決めつける。家内も同じで、良いモノのポリシーをしっかり持つ。その夫婦のフェーズが合った品は、理由なく我が家に持ち帰られる事になる。
平ちゃわんも、ショッピングセンターの専門店で見つけて、即購入。子供達にも、好みの茶わんを選ばせた。形は同じだけれど、色や模様は全く違う。食器棚の中で重ねられても、整列の上手な子供のようで、それぞれ主張があるから面白いぞ。
ちょっと高価な茶わんでご飯を食べる幸せ
茶わんの話しでした。
カッコつけてるでしょ?と言われれば、はい、そうですと言うと思う(笑)
この茶わんは、ひとつ 3,000 円。茶わんとしては高価かも。けれど、食器としては、そんなに高いものではない。ボーンチャイナのプレートだって、それくらいの価格はするものだ。
子供には良いものを見せたいし、触って欲しい。という希望はモチロンなのだけど、自分としても、ちょっと高価な茶わんでご飯を食べるということに、幸せを感じるのである。
ほぼ1年間、毎日のように使う茶わん。ここにお金をつぎ込めば、幸せを毎日のように味わえる。逆に、100円ショップの茶わんを使えば、毎日のように貧素な気分で嫌になる。そう思わない?
我が家は、食器棚をリビングに置いてある。食器は言わば、展示物。いつでも見えるその位置に、家を飾る工芸品としても、茶わんは活用されている。
使わないのは勿体ない。いつも手にとり、使うものだけ、お金をかける。そんな考えの持ち主です。