サスティナブルなエネルギーで移動する前に考えるべき事

最近は EV や PHEV といった、充電して走るクルマが出始めてきています。クルマを動かすエネルギーを今と違うもの、サスティナブル(持続可能なもの)にすれば、地球の環境は守られる。自動車会社だけでなく、世界の企業が脱炭素社会に向けて走り始めているわけです。

 

けれども根本で考えるなら、二酸化炭素を排出している業務を抑制すれば当面の二酸化炭素排出量は下げられるのに、みんなそこには触れていないような気がします。当然、企業活動に「現状維持」が必要なのはわかります。けれども、社会構造が変わっていけば、企業だって構造を変えなくてはならないわけで、社会が変わろうとしないから、自動車産業は電動化に血眼だし、企業は活動を減らすことに消極的なんです。

 

仮に日本の経済だけを考えて、クルマでの移動から「自由」を奪い去ってしまえば、脱炭素社会を目指すよりも一歩早く、エネルギーの使用を少なくて済む社会は来るんじゃないかな、そう思うのですが、皆さんはどうでしょう。

 

PEUGEOT 308と菜の花

 

今回のお話は、将来の「移動」についてのお話。

 

最近は冒頭にカフェの話をすることが多くなった気がすると、思う人は多いでしょう。それもそのはず、私がブログを書く意味は、将来のカフェ経営の為であって、単にクルマが好きだからという理由ではありません。

 

それでも、自分の言うことを聞いてもらうよりは、自分のクルマの知識を聞いてくれる人のほうが多いのは当然です。私個人に興味はなくとも、ボルボとかプジョーとか、クルマ自体にがある。これは真っ当な事なのです。今は私の文章を楽しんで頂き、将来(ちょっと高めの価格設定の)コーヒーを飲みにいらっしゃってくれれば、それで良いと思っています。

 

でも、クルマの知識というのは多様性があって、技術的な話が得意な人もいれば、ドレスアップに長けた人もいるし、動画にしたい人もいるし、試乗が大好きな人もいます。ひとくくりにクルマといっても、様々なジャンルがあるんですよね。クルマのオプション装備と同じようなものなのでしょうね。

 

クルマの性能を上げる前に行うことがある

移動の効率化は終わっていない

私は経済学者ではないのだから、自分の中にある正義感と知識だけで、こんな話をするのですけど。

 

今、自動車の移動で排出される二酸化炭素をとりあえず 20% 減らしたいとして、それを単純に減らすとすれば、どうすればよいでしょう。答えは簡単、20% 移動しなければ良いのです。

 

当然、必ず移動しなくてはならないモノもあるでしょう。物流は停められません。なら、人の移動を抑制するしかありませんね。日本の運輸部門に対する CO2 排出量は、自家用車乗用車で 46.1 % を占めています(全部門中 7%)。だから、営業車は基本的に使わずに公共交通機関を使うだとか、週休3日にして1日は車を使わないとか。

 

移動ができないと今の経済が回りませんから、それは政治でカバーすれば良い。公共交通の再発達とセットにしてマイカーの移動制限を増やしていけば、それなりに脱炭素への一歩が開けるかもしれませんよ。

 

(出典:国土交通省 運輸部門における二酸化炭素排出量

 

マイカーが無い時代に不満を覚えた記憶はない

人は移動する自由を得ることができるようになりました。それは、ほんの 50 年前くらいの話です。それまで、移動というのは「バス」や「鉄道」などが担ってきました。事業者が世の中の移動をサポートしていた。マイカーなんか無かった時代、バスや鉄道は人の移動の中心にいたんです。

 

我が家にマイカーが来たのは、私が小学生の時でした。それまで、バスも鉄道も不便だとは思ってはいませんでしたけど、マイカーを得てからは不便だと感じるようになりました。自由は敵。人は自由を得て堕落を覚える。そんな感覚に、ついついなってしまいます。

 

だから、進化しすぎた移動の自由は、少し退化させても良いんじゃないかなって思うこともあるんです。クルマは好きですが、バスも鉄道も好きだから、今更ながらモータリゼーションのバランスを再考するべき時が来たのではないかなと思いますよ。

 

バスによる輸送も効率化はされていない
地方輸送は、便利さも含めた効率化を、鉄道含めて行わなければ意味がない。

 

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移動社会の効率化

移動はルールで進化する

少しだけ思いついた事を並べていくと。

 

公共交通は、近距離はバスだし、中長距離は鉄道です。大量輸送を担う公共交通機関は、今でも地方自治体の補助金で担われていることは承知です。けれど、さらに資金を投じて効率よく移動できる仕組みを作ります。

 

バスは、一周30分の循環系統を最小単位にして、地方輸送を担います。それを幹線になる中距離バスや鉄道に時刻表上で接続できるようにして、全都道府県、1時間以内での市街地への到達、2時間以内での長距離鉄道への到達を図ります。

 

移動の障害になるものは、ルールを作って排除できます。「バス優先」などの交通ルールをもっと使えば、定刻輸送は解決するはずです。

 

ITがあれば地方輸送も楽になる

都市や過疎地域には、場合によってはさらに小さい単位でのコミュニティの移動単位を作っても良いでしょう。その時は、人件費が安くなる無人運転技術が役に立つかもしれません。または、マイカーをバス停までの運搬に使うのは良しとするのも良いかもしれません。

 

多少の家の近くへの寄り道は、インターネット経由で予約できるようにしてしまいましょう。情報がつながり、経由地変更を即座に可能にできるのも、無人運転技術があれば可能でしょう。

 

移動に制限はつくものの、決められた時間で運行できる、移動に計画が立てられる世界があれば、マイカーは持たなくても良いという人は増えることでしょう。これで、マイカーでの二酸化炭素排出削減は達成されます。

 

それでもマイカーが欲しい人や必要な人は、公共交通で移動した分にポイントをつけて、そのポイントに応じた日数を移動できる、などとすれば良いのではないでしょうか。

 

新幹線 W7系 金沢行き
中・長距離移動に長けた新幹線も、地方と地方をつなぐことへの貢献にはもう少し工夫がいると感じるのは、途中駅で乗客が乗ってこないから。

 

交通弱者は減少 移動空間のコミュニティ化がおきる可能性もある

これらが達成されることで起きるのは、移動弱者の減少。子供も老人も、簡単に移動できるようになります。管理された移動手段があるのなら、移動履歴も現在位置も把握することが可能になります。

 

「今、うちの娘は○○便のバスに乗っているね。」などの情報もわかるようになれば、安心して買い物に送り出すこともできるでしょう。

 

人が集まる空間が移動空間になるのなら、ここがコミュニティになるかもしれません。そうすればさらに、子供を見る目が増えていきます。安心感がある社会になれば、子供はまた増えるかも。

 

また、移動するリソースを複数の事業者に分散すれば、移動体の競争が起きるかもしれません。美味しいおでんが食べられるバスだとか、短編映画を放映するバスだとか。視界の良い車両を使うのも良いですね。

 

クルマを持つこと自体が趣味になる

そして、車を持つ人は趣向性が高くなります。基本的には不便になったり、自由が効きづらくなるのですから、マイカーを持つ人が減るはずです。現代は、マイカーによる移動がベースの社会になりすぎているんです。

 

私は鉄道を使った旅行も大好きですが、旅行先での移動のしやすさ、鉄道での移動額の高さを見ると、ついついマイカーでの旅行に行ってしまう。すると、渋滞という問題に遭遇します。渋滞すると、道を広げろとか制限速度を上げろとか要望を言ってしまいます。

 

でも、鉄道での移動がもう少し安くて、かつ旅先でのレンタカーがもう少し良い車があれば(例えば、ボルボ S60やプジョー508とか)クルマを持たない、もしくは小さくするという選択をしても良いかなって思っています。

 

Peugeot 3008 GT
鉄道+レンタカーマニアというブロガーも現れるかもしれない!? 大幅な鉄道旅行価格の改善と、ランクの高い輸入車レンタカーは二酸化炭素削減に効果があるかもしれない。

 

 

効率の良い移動を志す自治体はあるか

この考え方はきっと世間から隔たっていて、田舎暮らしにはどうしてもクルマが必要だよ、まだまだ甘い考えよ、という意見があるのは承知の上です。けれども、この考え方を具現化できるような地方自治体があれば、行ってみたいなって考えています。

 

もう少し違った言い方をすれば、先程説明した移動の概念のうちの最小単位は、地方自治体がもっとも効率の良い方法を選択できるようになっているはずで、そんなモビリティの一端を担えるような参加型の地方自治体があれば、夢のようです。

 

さらに、村だとか町だとかの最小単位が移動の自由をマイカー以外で得られた時、便利さが増えた時は、街は発展するはずで、移動範囲も増えるはずで、その時には私は過疎エリアに住みたいなって。

 

移動の便利な過疎地域に、同じような考えを持つ人が集まって、コロニーを作るのも面白いじゃないですか。我が街は、移動の効率化を果たしているから、エネルギー効率の高い地域なんだ、サスティナブルを実践しているっていう宣伝もできるでしょう。

 

移動が苦しくないのであれば、若い人たちの転居もあるんじゃないですかね。テレワークは今後一般的になるでしょう。

 

リモート会議で人は移動しなくても仕事ができる、という事実がある反面、顔の見えない人と人との繋がりは、さらに強くなっていきます。移動して直接会う、というシチュエーションは、今以上に強くなります。移動の効率化は緩めてはいけません。そしてこれは、都心ではなく地方が意識することなんです。

 

人と人との距離は、どんどん離れていきます。同時に、結びつきは地域だけにとらわれず、全国へ広がっていくでしょう。私達は、その過渡期にいるという事、結びつきの過疎が今後起きる事を意識しながら、脱炭素社会を受け入れる準備を整える必要がある。マイカーに乗り続ける意味と責任には、このような自覚を持つことも含まれると思うのですが、いかがでしょうか。

 

東高根森林公園 古代広場

 

若者流出が止まらない過疎地域に、どのように人を戻すのかは、これからの日本の重大な課題です。モビリティの話題を話すブロガーとしては、このあたりもしっかりと考えたいのです。

 

そして私のカフェには、マイカーでの移動を趣味として楽しむ人、課題と考えて議論したい人、いろいろな考えが集うところになれば良いなと、期待したいです。