自分へ送る 将来生き抜くための言葉

今週は好き勝手に書きますよ。基本的には短い話の連発です。プジョーネタもあるかもだけど、調べ物をしながら書くのは難しいと思うから。

 

なにせ、今週は期末&転勤ですからね!今週は「まこまちさんの頭の中を覗いてみよう」週間といたします(笑)特別ウィークですよ!

 

さて、悲しいことに芸能人の自殺がまた、起きてしまいましたね。しかし、コロナショックを経験した私としても、「自殺は駄目だよ」とは安易に言えなくなってしまいました・・・。今回は、悲しい「自殺」について、私の言いたいことを記事にいたします。

 

緑いろの絨毯

 

ウイルスよりも怖い自分の気力

ゴールデン・ウィーク。少ない勤務の日々が続く中、生きていくやる気がなくなっていく自分に気づきました。別に仕事人間だったわけではないのに、できて暇を持て余す時間が続きます。

 

ゲームでもやればいいじゃないか?と考えても、ゲームをやる意味合いを見出だせない、なんてケチを自分自身でくっつけてしまう。ブログを書こうにもドライブにも行けないから、書きたくても書けないストレス。唯一は家の売却だったけれど、これにしたってものすごいストレス。将来がぼやけてくる中で、売却というコマだけを先にすすめなくちゃいけないんだから。

 

だから、この判断は間違っていなかっただろうか?とか、起業に失敗したらどうなるか?とか、気持ちの波に襲われる日々が続いていました。すると、間違える将来は嫌だから、ここで終わってしまっても良いのではないか?などと考えてしまうことが現実にあったんだ。

 

生きる気力があるときは、間違える将来にならないように、あれもしよう、これもしよう、となるのだけれど。気力が無いとネガティブになってしまう・・・いや、「無」を求めてしまったのです。

 

SNSを見ても、楽しそうにしている人から目を逸したりしてしまう。結局、この状態から抜け出すのは「仕事」しかなかった。経済を回すことが即ち、企業人の気力を維持する事そのものだったわけだ。

 

そう、人間はなにか、辛かったり、自分のやることに意味が無いなんて思ったりすると、自ら死を選ぶ動物なのだ。その事を身を以て体感したのが、このコロナショックでした。

 

生き抜くための言葉

ならば、人は自殺をしても良いのかと言われると、否という他はない。

 

人は生きていなければ、楽しさも苦しさも感じない。死んでしまうことは、何も生み出さない。残された人が悲しんでしまう。もう何度も言われていることだけど、この事がわかっていても、自殺の道を選んでしまう。悲しいよね。

 

だから、もし自分が将来、再度同じような事が起きて、やる気がなくなってしまう時が来たときに読み返せるように、ひとつ言葉を残しておく。自殺志願者の願望を妨げようなどという立派なものではない。あくまで、自分の為にです。

 

イベント写真 家族

 

自分の存在の重みを感じよう 自分の言葉の重みを感じよう

 

今、自分自身に生きる気力が無いのは、自分自身のせいではない。世の中の歯車と、すこしだけズレただけだから。ここまで生きてきた自分は、沢山の人に愛され、沢山の食事をしてココに居る。私はココに居ても良い人間で、生き続けなければならない人間だ。

 

昨日、自分が発した言葉は、人を傷つけたかもしれない。けれども、明日自分が発する言葉は、人を喜ばせるかもしれない。傷をつけることも、喜ばすことも、居なくてはならない人間の発する言葉だからできること。関係の無い人の言葉は、相手に傷さえもつけられない。

 

・・・皆さんも、またいつかウイルスショックが来るかわかりません。人生を止めないキーワードを胸にひとつ、置いておくというのはいかがでしょうか。

 

自殺は美談にはならない

並行して公開する、もうひとつの記事は、エアバッグ開発者のことを書いています。沢山の苦労を重ねたにもかかわらず、自動車への採用を見ること無く自殺の道を選んだ、技術者の物語。

 

しかし、これは美談ではありません。自殺などしてはいけないのです。そのことだけは間違えずに捉えて欲しいと思います。

 

「まこまちさんの頭の中を覗いてみよう」シリーズ(笑)今週は軽めの記事が続きます。ヨロシクおねがいします(^^)

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