嘘。これは大変罪深いものだ。人に嘘をつくことは自分の心に傷をつけるし、自分に嘘をつくこともまた、苛む原因となってしまう。しかし大人は、嘘をつかなくてはならない。それは平和と調和の為であり、正義である。
だが、反動はどこかで帰ってくる。裏切られたと言われるかもしれない、人生を辞めたくなるかもしれない。モンスターのような反動に襲われたなら、気分が最高に悪くなるその前に、もう一度向き合わなくてはならない。まったく、人間は面倒な生き物だ。
買いたくても買えない世界
直列6気筒が欲しいだとか、デザインの良い車が欲しいだとか、軽トラが欲しいだとか、車が欲しいにしても常識というものがあるだろう、と自分に言い聞かせたところで、欲しいが始まってしまったら仕方がない。いや、私は「欲しい」が欲しかった。その為に苦しんで、ようやく見えてきた光が、ちょっと古臭かっただけなのだ。
私の中で明確になったこと。それは、直列6気筒だ。
若い頃、いつかは昇進して、人の上に立つ人間になって、その上で直6セダンに乗ることが夢だった。ところが、今の時代はどうだろう。復活の兆しが見えてきたとはいえ、ミドルクラスは4気筒+ハイブリッドだ。車の静かさだけで言えば、ABクラスから始まったEVが最高。パワーソースの選択肢は増えたかもしれないが、自分の夢に合うかと言えば、そうではない。
直列6気筒の、現在のラインナップを思い返してみる。出世こそしたけれど、世界経済に照らし合わせれば収入が増えたなんてとても言えないお財布事情。買いたくても買えない世界が広がっている。
BMWは3シリーズ以降。
メルセデスもCクラス以降。
クラウンは…? 4気筒だけになったのか。
スカイラインは…デザインが…うーん
やはりマツダの直6ディーゼルが最適解?
いや、そもそも、車を使わなくなったのだがら、少し安い車にしようという計画だったはずだ。BMWだとかベンツだとかを買えるほどにマネーが潤沢にあったなら、車を売ろうとなんていう話にはならなかった。
でも、悩む。うーん、車が欲しい。愛でるだけで楽しめる車が。その存在感として、直列6気筒が載っていたならなお、幸せだ。
デザインが良くて、直列6気筒が載る、安い車…あれ?中古車を選べば、ある程度見つかるんじゃないか?昔の記憶をたどり、少し古いけれど希望に合う車を見つける。それは、思っていたよりも価格が安く、走行距離がエグかった。
車の買い替え…家族会議しよう
その車は、輸入車である。
その車は、高級車かもしれない。
しかし、その当時は高級車の一つ下にある、微妙なラインのブランドだった。私はその独特のポジションと、エモーショナルな中にホッとするようなデザインに魅せられ、愛用していた。
今も、メンテナンスを欠かさなければ、10万キロ以上走ると言われている車である。海外では20万キロ走った事例もあるという。それに、パーフェクトな回転バランスの直列6気筒エンジンならば、振動によるヤレは少ないのではなかろうか…
まこまち ママさん、車の話をしよう。
嫁さま もう買い換えるの?
まこまち 買い替えたいというかは、手放したいというか。
嫁さま え、サクラは150kmくらいしか走らないから、関東の実家に帰れなくなっちゃうよ。
まこまち うん。でも、シビックは最近乗らなくなってきたし、ガレージで蜘蛛の巣の柱にされていて可哀想なのよ。
嫁さま …?
まこまち だから、安い中古車に乗り換えて、家計の負担を少なくしたいなあと。
嫁さま それは助かるけれどさ、シビック気に入っていたじゃない。
まこまち もちろん、今でも気に入っているよ。でも、パパが毎週家に帰ってくる交通費が、すでに自動車ローンみたいになってるじゃない。
嫁さま そうね。結構家計が大変。
まこまち だから、早いうちに整理して、負担を下げておきたいんだ。
シビックは、そもそも関東と信州をつなぐ、ハイウェイツアラーだった。それは、移住後も続くはずだったが、高速バスは自分で運転するよりも楽だし、安い。シビックで想定していたことは、交通機関で代替できたのだ。
「燃費は?」という尋問に嘘をつく
嫁さま それで、どうしたいの?
まこまち ええと、ですね〜
嫁さま 言いづらそうじゃないw
まこまち まあ、ちょっとね…えっとね。
私は、自分の想いを伝える。その車は、20年前に憧れていた車だったこと。ハイオク指定であること。今住んでいるところなら、たぶん燃費は酷くないこと。そして、古民家を買ったおかげで、古いものに愛着が湧いたこと。その車を探すなら、地元ではなく遠方の中古車専門店である必要があること。
大事なのは家族で、できる限り生活の負担を強いたくないこと。娘は大学、息子は寮生活。親から離れる分だけ、費用も積み重なっていく。でも、自己犠牲の行き過ぎはやっぱり良くなくて、家族と趣味とを上手に両立できるようにしたい。娘ちゃんに車を買った時に、密かに考えていた私の本当の想いだった。
まこまち 結婚したばかりの時、いつか乗れたら良いなって言ってた車だよ。だいぶ古い車だから、ディーラーの認定中古車じゃ見つからないけれど。
そう言って、私は中古車サイトのウェブを見せた。
嫁さま まあ…確かにこれなら、私もNoとは言わない。てか、Noと言っても買うでしょう?
まこまち うーん、まあでも、他にも欲しい車はないからなあ。そうでなければ、ボルボEX30やプジョー208のような、小さいEVにしていいかも。燃料費のコスパは驚異的だしね。
嫁さま プジョー208のEVはいいよね。あれは何キロ走る?
まこまち たしか、400kmくらいかな。
嫁さま サクラが何かで入れ替えるってなったら、アリよねえ。可愛いし。
まこまち ママさん、家計負担ががが
嫁さま おっと…でも、プジョーは壊れるよね。308(SW)の時は、けっこう大変だったしね。
まこまち ママさん、脱線具合ががが
嫁さま だれが脱線させたのよ…言いたいのは、EVは燃費を含めた価格は悪くない、古い車は、メンテナンス費が増えたら、意味がなくない?ってことよ。
まこまち …確かに。それはちょっと販売店に聞いてみるよ。
ホッとした…私の、車入れ替え2年半サイクル、嫁さまも追従するのかもしれないなあ…まあ、それはそれで良いか(=^▽^)σ
嫁さま あと、もう一度聞くけどさ、ガソリンはハイオクで、燃費は今の半分くらいなんだよね?
まこまち ハイ…10km/Lは堅いかと…(ごめん、ママ。JC08でも8km/L行かないわ…)基本的には、長距離で使えれば良いと思う。街中はサクラで十分。けれど、サクラは雪で家に入らなかったことがあるし、この辺りは凍結も酷いから、四駆かつ少し背が高い車にしようかな、と思ってるよ。
好きな車を選びに行こう
直6気筒?それは時代にそぐわない。
400Nmの大トルク?人が必要とする力だろうか。
そうして捨ててきたものは心の奥底から人生の不満として沸き返し、ハイブリッドに満足していたはずの私を、夢の呪いにかけてしまった。
もともと、私の「新しい車が欲しい」精神は、ボルボV50に乗った時に一応の静寂を見た。直列5気筒に赤いエステートボディは対抗馬がほとんどなく、中途半端な静寂性と聞き馴染まないエンジンビートが、私の所有欲を満たしていた。
ところが、それ以外の時期は、他の車が気になって仕方がなかった。水平対向エンジン+等長頭足エキマニを搭載したスバルレガシィ、FRベースの機械式AWDのスズキエスクード、400NmディーゼルエンジンのV40、1.5Lディーゼルエンジンのプジョー308SWは、車の世界の中で様々な選択肢の中から私が選んだ、現代における冒険だったが、それとて完全な満足かと言われれば嘘である。
シビックは、今までのあらゆる経験から、最適な車を選んだ自信があった。しかし、やはり車は2年で飽きる。気に入っているかどうかは別にして、新鮮味が抜けるのは、私はどうやら2年のようだ。ちょうどその時期に、車の見直しの機会が来たことが、シビックを手放すキッカケになったことは否めない。
しかし今回は、移住による家計の負担を下げたいという希望もある。子供をいつも乗せて走らないから、トラブルの少ない新車縛りも不要になった。車3台と、東京との行き来に使う交通費の合計額は毎月10万円を超えている。想定内とは言っても、あまり使わなくなった車を維持するのは勿体無い。
どんな理由があろうとも、車選びで嘘をつくのもまた、嫌なのであった。せっかく中古車を選ぶのだ。夢の呪いに素直になって、自分自身の欲望のままに古い車を選ぼうじゃないか。
さあ、直列6気筒を選びに行こう。私は初めての中古車選びにワクワクしながら、シビックを南へと走らせた。