卒業式と愛車の記憶

2021年3月11日は、娘の卒業式でした。小学校6年生のときの中学受験で悔しい思いをして、足掛け3年間。今度こそと挑んだ2021年は、コロナの影響か夏頃より調子が落ちて、最後の一月の踏ん張りで盛り返すも、希望校には受かりませんでした。

 

頑張ったおかげで大学付属の私立高校には受かりました。けれども、ずいぶん悔しかったに違いなく、支え続けた家族もやはり、疲弊は厳しく。されど、道が閉ざされたわけではない。人生やっぱり、山あり谷ありのほうが面白いに決まっている。

 

次に進む高校は、出口偏差は志望校より高いよと元気付け、ようやく落ち着きを取り戻したところで、中学の卒業でございます。

 

葉桜

 

今朝は、私の私生活に関わる話です。

 

当初しょぼくれていた娘ですが、私立らしい可愛い制服は嬉しいようです。今は高校無償化も手伝って、費用もずいぶん抑えられるし。娘もずいぶん授業料は気にしていたけど、大丈夫。最悪はプジョーを手放してしまえば良いのだから。

 

自分の進路の良い面を見つめて歩みを進めて欲しいです。いつも上を目指し続けて負け戦に挑むような娘を、多方面から支えてあげたい。そんなモヤモヤが晴れるかどうかの卒業式に向かった家内から、おどろきの連絡が入りました。

 

 

え、合唱の指揮者をやるの?聞いていないんだけど!!

 

聞けば、卒業式のパンフレットに確かに、娘の名前が刻まれていました。パンフレットを貰うまでは、そんな活躍をするなんて知らされていなくって(笑)

 

なんとか娘の見える席を確保した家内のファインプレーで、会場に入れない私に見せる動画の撮影がなされたのでした。この動画をジジババに10万円で売りつけよう!などと茶化してみたけれど、それは結局、照れ隠し。心の底から嬉しかった一コマでした。

 

後で娘に、「ものすごいサプライズじゃないか、言ってくれたら、事前に美容院くらい連れて行ったのに。」と聞いてみれば、忘れてたの一言。いやはや、報告忘れに詰めの甘さ・・・昔の自分を見ているようで、なんだか悲しいような嬉しいような。

 

ただ、両親宛に渡された手紙の中で、「もっと勉強したいから、もう少し支えて欲しい。家事手伝いも頑張るから。」の一文で、この子の純粋な気持ちもわかってしまった。美容院の費用の面も気にさせてしまったか・・・親として、安心して通学させてあげたかった。

 

大丈夫、次の受験に戦うまで、しっかりサポートできるように考えてあるんだよ。それを感じられるように、ちょっと遊びに連れて行ってあげようかな。

 

308 in あざみ野ガーデン

 

とりあえず、卒業おめでとうのプチパーティーしたくなって、家族全員で食事に行くことにいたしました。

 

こんな時は、いつでもスタンバイオーケーの Peugeot 308SW で連れ出そう。目的地まで片道40分の車内では、今日の卒業式で先生が泣いていただとか、ブラスバンドが上手だったとか、友達と式が終わって1時間話しっぱなしだったとか、カラカラ笑う娘の声で明るくなる。

 

だから、私たち夫婦も話が弾む。

 

まこまち  昔、歌であったよね。「制服のー、胸のボタンをー」

家内    あぁ、「卒業式でー泣かないーとー」でしょ。

まこまち  「薄情者って言われそうー♪」

家内    「冷たい人って言われそうー」でしょ!

 

悲しい思い出も楽しい思い出も、全て染み込んでいく白いワゴン。この車を手放す時、我が家で何があったのか、思い出すに違いない。

 

人生の大事な節目は、いつも愛車の存在と掛け合わされます。あの時、どのクルマに乗っていたっけ。そんな事をついつい考えてしまうのです。それは例えば、姓を同じにしようと決断する時、子供の名前を決める時、親が定年を迎える時。節目はいろいろなところに落ちていて、記憶の断片はカーライフと絡みあう。

 

娘の大好きな「おかげ庵」と、卒業式の記憶とともに、白ワゴンは私の記録に刻まれました。

 

おかげ庵 シート

おかげ庵 あんみつ

 

10年前の3月11日、私は関東からたまたま離れたところにいました。出張先で地震を聞き、テレビに映されたショッキングな映像は、沢山の家や車が押し流されるものでした。

 

これはまずいと、新幹線に飛び乗るも発車せず、5時間かけてのノロノロ運転。なんとか真夜中に家に付いたことを思い出します。

 

流された家も家具も、愛車も。大災害は、いとも簡単に思い出の品々を奪っていく。ときには、大事な人の命さえも奪いとる。被災者皆様の「許せない」気持ち、共感する、などと優しく口にだせるものでは無いでしょう。

 

けれども、記憶に道具をつなげれば、心に刻まれ、残るもの。モノゴトは残さなくても、心にいつまでも持ち続けることができるのです。それを幸せと思えるように、ブログという文章と画像だけのメディアですが、発信できればと考えています。