迷い道に魅せられて/国道18号 眼鏡橋

いやはや!仕事キツ!今後は月末は書けなくなるかもです。書き溜めしたいけど、書きたいこと書けないからなー(^_^)

 

書きたいこと書くっていうと、本当は、家の売却を含めたクルマ&移住ブログを目指していたんですよ。

 

それで、家の売却はうまくいったんだけど、面白おかしく書くにはまだまだ勉強不足のようで、先に進めないでいて。

 

だからついつい、愛車の話ばかりしてしまって、でもそろそろ別のことを書こうかなって思っています。

 

眼鏡橋へドライブ

 

例えば、家の売却のことはもちろん。

BOSEサウンドバーとかApple 製品とかのデジタルガジェットのこと。

レストランやカフェで感じた事を書いてみたり、お酒のことを忘れないように書いたり。

料理の腕をつけないといけない、だとか、旅行記とかも良いね。鉄道の廃線跡も素敵です。

小説も書いてみたいや。

 

どれが良い?(笑)

 

もし叶うのであれば、ゆったりとジャズを聴きながら楽しめるような文章を書きたいなと思ってます。通勤中に読んでいただけるのも嬉しいけれどね笑

 

それでも、クルマには何らかで繋がりをもてるといいなって思います。

 

 

私が所有していた赤いワゴンは、峠道をスポーティに走るにはいささかキツイものでした。直列5気筒エンジンは鼻が重いし、タイヤはすぐに空気がぬける。下りの山道は走るのに気を使っていましたね。

 

それでもどうして、「眼鏡橋」を見たくってクルマを走らせた事がありました。

 

日本国有鉄道 信越本線。明治時代に開通したこの鉄路は、長野県と群馬県の県境にある「碓氷峠」が難所であり、名物のひとつ。北陸新幹線の登場で軽井沢〜横川間のみ幕をおろしたが、その分断されたそれぞれの鉄道が残っている事が、なんとも奇妙に感じたものです。

 

信越本線って、群馬県と新潟県にあるんですよね。途中は第三セクターに変わっているし、なんとも意味深な路線だと思って調べてみたんです。

 

すると、1997年に廃線になったという。行っておけば良かったなあ。財力がなかったけれど。

 

有名な「峠の釜飯」は、横川駅で機関車の増結をしている待ち時間に買えた駅弁らしい。窓からお札を出すとか、今では考えられない光景ですよね。

 

同じく機関車の増結をしていた軽井沢で駅弁が流行らなかったところをみると、横川には何も見るものがなかったんだろうな。中山道の宿場町があるようですが、碓氷峠への横川側のアプローチに面影が、少しだけ残されているばかりです。

 

丸山信号場

 

私のアプローチは軽井沢側から。

 

国道18号線を、うなりうねりと下っていく。今はバイパスができているけど、行くのはあくまで旧道。グイグイ降りる。グイグイ曲がる。

 

なかなか、廃線は見えてこない。

 

走る車がとても少なく、道の舗装も悪くって、軽くスリップしているような感覚に陥った。転がる砕けたアスファルトは、谷底に向かってダイビング。

 

右手方向は崖のようになっている。注意しながら、それでも手付かずの大自然は見ていて楽しくなってくる。窓をあけると、軽井沢のそれとは違う、少し湿った冷たい空気に満たされた。

 

もう少し、低い姿勢で。もう少し、コーナーの内側へ。ファミリーカーで降りるのではなく、スポーツカーで登りたい。続くカーブにステアリングを合わせていく。エンジンブレーキをコントロールする左手と、アクセルを操る右足と、シンクロさせて車のショックを柔らかく。

 

碓氷峠の眼鏡橋

 

 

 

不意に現れた、眼鏡橋。

 

 

この上に鉄道が走っていた?これを手作業で作った?都心では見なくなった煉瓦造り。地震がくればひとたまりも無さそうだが、今の時代まで生き続けた底力を感じとれる。

 

 

碓氷峠 第6陸橋

 

言葉では言い表せない。

 

偉業を成し遂げた人が、年老いて静かに座り込んでいるような。話を聞きたくても声をかけにくい。遠くから眺めるように気を使う。泣いているのか、考え込んでいるのか。身体からにじみ出る拒絶感を感じるような。

 

その上を走る客車の中で、笑顔で手を振る人々の顔はあっただろうか。ここでなら、見れたのだろうか。

 

 

 

眼鏡橋を過ぎると、鉄路と道路が並行して横川へ続いていく。先に道があり、あわせて作られた鉄路側は、至る所にトンネルがある。道路の横にもトンネルがある。

 

見えては隠れ、また顔を出す。

 

ここに列車が走っていれば、時々すれ違っていたことだろう。今は静かな横軽に、復活の幻想を抱く人は多いようだ。一部はすでに、トロッコ列車が走っている。果たして夢は叶うだろうか?

 

 

 

最後のコーナーを曲がった先は、宿場町だったのだろう古い家々が並んでいた。誰もこなくなり、誰も迎えなくなったこの場所は、ハイテクがもたらした寂しさを物語ります。

 

それでも、クルマ相手の商売ならば・・・?なんて、後になって考えてみたところで、隣のリゾート地には叶うまい。立ち寄ろうにも、1時間近くは山道を走ったのだ。

 

碓氷峠鉄道文化村

 

寂しい土地には、寂しいなりの魅力があります。風化の早い現代で、歴史を残すことは難しい。

 

けれども私は、この世界の一員として、何か残ることをしたいと考えます。例えば、同じ趣味の人たちが集う街なんてのも面白い。

 

それこそ夢ではありますが。

 

今日もつまらぬところで倒れないように、頑張ってまいります(^-^) 次は11月に会いましょう。

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