行き詰まり、目を覚ます第6話です。
第5章 誰のために車に乗るか
車を買うために理由を探してはならない
ルノープジョー論争に果てはなかった。
家内も私もしきりにボディカラーにこだわり、イエローが無理ならばとボディコーティングを探す。だが、高額なボディの塗り替え。無意味だ。
カングーの特別仕様車を待つ手もある。先ごろでたカングーはオレンジ。これは良さそうだったが、売り切れていた。だから待つ。しかしいつ出るのかわからない。ライバルとして出るリフターやベラルンゴは期待できるが、10月まで待たなくてはならない。そこまでボルボにはのっていたくない。払う額が増えるだけだ。
乗り心地にも迷いがある。
家内に言わせると、リアシートはカングーに分があるという。たしかに座ると、カングーのシートは良く出来ていたし、広かった。対してフロントは、あきらかにプジョーが上。運転する身としては、プジョーを選びたい。
仕事中、何度もよぎるクルマ選び。
ベクトルの違う2つのフランス車。どちらもおおよその願いは叶う。カングーにケチをつけたのは私だが、その魅力のせいで踏ん切りがつかない。
目指すのはなんだ?
プジョーに乗りたい。その意思はかたまりつつあるが、ボルボに似たものを追っているのは確かだった。
リアを伸ばすだけなんだ。新鮮味は何処にあるのか。今のままで良いじゃないか。ベニヤ板だなんて、とってつけただけだ。ボルボへの当てつけだ。
決めた理由をないがしろにし、クルマを選ぶ理由を探す。やってはいけない事だと、知っているにもかかわらず。
年末のボルボからの手紙は、確実に私を追い詰めていた。
苦しい時は、所有欲より家族愛を優先したくなる。キャンプにも、道の駅めぐりにも使える2台。大きな窓のカングー。今まで小さな窓だった。子供は喜ぶに違いない。
プジョーにもパノラマガラスサンルーフをつける。天を指差して、今まで見えなかったものを教えてくれるに違いない。
インスピレーションはどうした?
迷う。迷う。
いや、家庭のことを1人で悩むから、自分の欲しい車だなんて言うのだ。大きな出費なんだ。家庭の問題だ。1人で決めて良いはずがない。いつも自分の好きなクルマを選んできたんだ。今回は譲って良いかもしれない。
プジョーを諦めるのではなく、ルノーを積極的に選ぶ。楽しい未来が待っているはずだ。
帰って話を切り出そう。
選択肢
まこまち ママさん、車の話をしよう。
家内 決まったの?
まこまち どちらも魅力的に感じたままなんだ。運転だけならプジョーなんだけど、みんながカングーが良ければそれが良いよ。
家内は黙って聞いていた。
まこまち いつも自分が決めちゃうし。それに、安いよ、カングー。セールスさんも楽しい人だよ。
まこまち きっと楽しい。カフェ作りにも役立ちそうだよ。
ふいに、家内が口を開いた。
家内 運転する人が我慢してどうするの?
まこまち え?
家内 カングー、酔っちゃったんでしょう?ならその車は乗れないよ。
家内 運転、つまらないでしょ?今まで走らない車は直ぐに手放してるもの。
家内 たくさん子供と出かけたいんでしょう?ならパパが乗りたい車でないと、ダメでしょ?
家内 カタログ見てた時、眉間のシワ、出てたよ。パパは欲しいものがあるとき、険しい顔をするんだよ。
家内 ねえ、クルマの色を選ぼうよ!パールホワイト、いいんじゃないかな!
そういって、家内は私の手を握った。
よく、稼ぐのは俺だから好きな車に乗るんだ、という話を聞く。それは一つの主張であるし、私も似たようなものだから否定しない。好きなものを明確に主張できるなんて、羨ましいくらいだ。
だが、家計を守るのは家内だ。振り込まれた給料を、毎月波のないように、家族が安心して暮らせるように「調整」する。子供の塾代、食事代。家のローン、クルマのローン。家族の健康を願い、安い食費で美味しいごはんを提供し、レジャーの資金を捻出する。
どうしてやりくりできようか。私には到底無理な仕事なのだ。
良妻。
だから家計は少しでも助けたい。
だから甘えたい。
クルマは決まった。進む道が見えてくる。
明日プジョーに行く。結果を作ろう。そして下取り車。今回は貪欲に、プラス10万円を狙いに行く。下取相場の限界値。この上を目指す。
崩された人生設計。
彼らのことは恨まずに、今日ここに置いていく。
今より素晴らしいカーライフを、握ったこの手と掴むのだ。
ーーつづくーー