プジョーのフラッグシップの系譜で考えれば、Peugeot 508 が背負わなければならないモノは多い。古くはPeugeot 407とPeugeot 607を源流にもち、フランスの立派なクルマという印象から一転、2018年に登場した二代目Peugeot 508では先代に比べ全長で 80mm、ホイールベースで 15mm のダウンサイジングが敢行された。
自動車のダウンサイジングはチャレンジングな事で、たとえばホンダはアコードで過去に実施したが失敗に終わった。人の身体は大きくなり、経済により豊かになればなるほどに、人の贅は上を向く。車の正常進化にはサイズアップが付き物だから、いくらスポーティ路線だと言えどもフラッグシップでダウンサイジングを行ってしまえば、収益の要になる顧客を逃してしまうことになりかねない。
つまり、プジョーは一種の改革を貫いてPeugeot 508を創り上げたが、それは中々に妥協の見えない素晴らしい車に仕上がっていた。開発陣は、時には大らかに、時には巧妙に設計したに違いない。フランス車特有の魅力あふれる一台、Peugeot 508 のインプレッションをお届けする。
名車として数えたい Peugeot 508 のデザイン
Peugeot 508 ギャラリー
巧妙に表現される Peugeot 508 の芸術性
シューティングブレークという言葉を見かけるようになった。現代ではスタイリッシュであったり過度に流線型であるクルマに用いられる言葉だが、Peugeot 508SW もこれに含まれる。セダンは・・・ファストバック・・・4ドアハッチバック・クーペと言うべきだろうか、一般的でない横文字が付いてしまい理解するのが大変だが、流れるようなルーフラインを持つ Peugeot 508 / 508SWは、単なる実用車として生まれてこなかったことを物語っている。
正直に言えば、リアシートは大きな大人が座るには少しルーフが低すぎる。本来であればセダンであっても、シアターレイアウトを採用して視界を広げ、居住性をアピールするところだが、その役目は Peugeot 5008 にでもさせておけば良い、という割り切りか。ワゴン版の Peugeot 508SW は包まれ感はあるけれども一般的な広さは確保。だが、自信を持って広くて快適と言えるかといえばバツマーク。
でも、このクルマにはそんな論争、意味は無いんじゃない?と無視を決め込む理由は、見初めた人なら語らずして伝わるはずだ。
人は「美しさ」を見極める能力を持っている。動物の重量バランス、アスリートの姿勢の良さ。力強さやスピード感を一瞬のうちに判断できる本能だ。その、本来人知を超えたところにある形容詞を、人の力で作り出そうという試みを芸術と言い、車を始めとする工業デザインにも積極的に用いようとメーカーは試みている。
Peugeot 508 もまさに芸術に溢れていて、プジョー自身もライオンをモチーフにとコーポレートマークに謳う。確かに美しいのだけれど、Peugeot 508 のボディラインはさらに繊細に設計され、生き物の躍動のようなものを感じてしまい、私は感服するのである。
欧州は芸術に長い歴史を持つし、パリにルーブル美術館を構えるフランス人には、現代美術に最近切り替えたばかりの日本勢ではどうしても勝てない。Peugeot 508 のリアの軽い軽快感は獲物に飛びつくハンターのように、Peugeot 508SW の構えるような重厚感は、微動だにせずじっと構える王者のように。しかし幸いなことに、私達はこのクルマを手に入れることができるのだ。
車の性格を演出する Peugeot 508の i-Cockpit
デジタルメーターとエレガントの調和する i-Cockpit
そんな「デザイン実用論争」は、インテリアにも展開される。
小径ステアリングとデジタルメーターへの組み合わせへの挑戦は、発売時期で先発した Peugeot 3008 と同様である。つまり、お腹のあたりまで降ろした小径ステアリングの9時3時を握った時に、メーター類がステアリングより上に見えるギミック「i-Cockpit」をどのように上質に、使いやすく仕立てるか。
プジョーの出した答えは、ダッシュボードの2段分割形状だ。腰のあたりを包み込むように、カーボン調と直線基調でスポーティさを下段で表す。ナビ画面とエアコン操作はこの領域に配置する。その上には、デジタルメーターと一体化したパネルを置いた。上部のパネルを少しボンネット側に押し込むことで、視覚的な圧迫感を減らしつつ、素材の質感で上級感を演出する。なんだか車両感覚が掴みやすくなるのも不思議である。
実際のところ、i-Cockpit の視界は他メーカーのクルマと比べても独特だ。メーターは高い位置にあるから、視線移動が少なくてドライバーには快適だが、ダッシュボード自体を一つのパネルと捉えたときの視線の集中ポイントは、どうしても上部に集まりがちだ。Peugeot 508 はシフトレバーがつくセンターコンソールのカサを上げて、包まれ感の演出とともにダッシュボードの厚さ感を解消したが、割り切ってスッキリさせていた Peugeot 308 の路線は否定されることとなった。(新型 308 も 現行 508 の路線を行く。)
また、ナビ画面(または、Apple CarPlayなどの表示画面)との視線移動が多くなったのは残念と言える。本当なら、Peugeot 3008 のようにデジタルメーターの横に置きたかったところだろう。
しかしここにも、デザインが優先で譲れない部分があったと感じられる。要は、どこにモニターを置くとエレガントか、という問いかけだ。ぜひ Peugeot 508 のコクピットに座り、実際には何処が良かったのかを考えてみて欲しい。パッセンジャーシートからの見栄え、ドライバーがセンターパネルを操作する時の腕の動きまで考えれば、結局この場所が一番綺麗に収まっていると、納得するはずである。
姿勢矯正に「ラフ」を加えて居住性をアップ?
ところで、Peugeot 508 はフラッグシップであるが故にナッパレザーが標準装備だ。(2022年3月時点。)このシートの高級感は素晴らしいのだが、もともとは Allure というレザーシート非装着のグレードがあった。2021 年に日本では終売になってしまったのだが、ぜひ復活して欲しいと声を上げたい。
というのも、立派故に日本人には大ぶりのようで、身長 170cm の筆者としても身体がずれてしまうのだ。ファブリックシートならば素材で身体を支えてくれるのだが、残念ながらこのレザーは滑ってしまう。幸いなことに、全プジョー車中で一番揺れの少ない Peugeot 508 だから許されるかもしれないが、Peugeot 5008 ではチョット辛い。
おかげで i-Cockpit の姿勢矯正(※下記)の呪縛から少しだけ抜け出せるのだが、これでは求めているはずの思想から外れてしまう。素材を変えるか、ファブリックに戻すか、とてつもなく揺れないクルマを作るかの改善は必要であると気づいて欲しい。
(※i-Cockpitの使用感は「運転姿勢の矯正」が基本にあり、大げさにダラけた姿勢では運転が(怖くて)できないように仕立ててある。詳しくは monogress 各記事または、Driving Impression Peugeot 308SW(T9)欧州一ワゴンの輝きは曇らないで詳しく述べているので割愛する。)
選ぶのが悩ましい3つのエンジン
官能性で優勝する 1.6L PureTech ガソリンエンジン
2022 年 3 月時点での Peugeot 508 / 508SW のエンジンラインナップは3種類。そのうち、もっともシンプルで官能的なエンジンが、1.6L PureTech ガソリンエンジン、別の名前を「プリンスエンジン」という、BMW との共同開発機がPeugeot 508 のエントリー・エンジンだ。
いきなり答えを言ってしまうようだが、もしエンジンラインナップで迷うようなら、「最後の非電動化ハイオクエンジン」としてこの名機を選ぶのが良いだろう(GTグレード)。というのは、日本に導入されているプジョー・エンジン・ラインナップの中で最高峰の堪能性能を携えているからだ。
アクセルを踏めば瞬時にトルクをデリバリー。そこに追従するエンジン音の心地よいこと(2020年にGTで体験済み)。ダッシュボードの奥の方から聞こえてくるファンのようなエンジン音は、人間の脳に気持ちよく届くように調整されているようなのだ。BMW、大変恐ろしい会社であるが、プジョーと協業してくれてありがとうと言っておこう。
そして、燃費 15.6km/L はプラグインハイブリッド車の上を行く。パワーソースの過渡期の今、このエンジンを選んで後悔することは無いだろう。
本物のGT 2.0L BlueHDi ディーゼルエンジン
ならば、400Nm のトルクを発揮する BlueHDi ディーゼルエンジンは官能的ではないのかと言われれば、はい、そうですと答えるほかはない。なぜならば、エンジンの性格がまるで反対であるからだ。小鳥のさえずりを聴くようにエンジン音を楽しむのが 1.6L PureTech、静かにジェントルに加速を楽しむのが 2.0L ディーゼルエンジン、という棲み分けがされている。
もしこれからプジョーを初めて買おうという人がこのブログ記事を読んでいるなら、ぜひ覚えておいて欲しい事がある。プジョーのクルマは、そのグレード毎に、そのエンジン毎に満足の行く仕上がりになっている。1.6L PureTech のほうが上だとか、2.0L BlueHDi ディーゼルエンジンのほうが上だとか、そんな稚拙な優勝争いは全くの無意味なのだ。
とりわけ、2.0L BlueHDi は本気のバカンス・ツアラーだ。あくまで静かに、ドライバーはパッセンジャーとの会話を楽しみながら、フォーカルオーディオのピュアな音質にリラックスしながら、旅行先までノンストップで走破する、そんな人にベストマッチなエンジンである。
人は時には、エンジン音がうるさいと思うこともある。疲れているときは尚更だ。このディーゼルエンジンは静けさを愛し、その上アクセルの踏み込み量だけパワーを「ジェントルに」送り出す。
最新テクノロジーをフラッグシップで味わう プラグインハイブリッド
2021年に導入された、プジョー508初の電動プラグインハイブリッド。このエンジンは紹介程度にしておくとする・・・正直に言って、このクルマには私はまだ試乗していない。どなたか所有されている方、ぜひ一度乗せて欲しい・・・
だから私見だけで話を進めると、たぶん現段階でのプジョー・プラグインハイブリッドは「ファッション」だ。それは燃費を見えばわかる。いささかの嘘もつかず、「WTLC 15.5km/L(ハイブリッドモード燃費)」と諸元表に記載があるのだ。1.6L PureTechに負けている理由は簡単、バッテリーが約300kgと重すぎるのだ。
つまり、電動化を果たしたしバッテリーとモーターだけで走れるけれども、重すぎて軽快さという Peugeot 508 最大の売りが消えてしまっているのだろう。充電設備を自宅に持ち、街中を電動モードだけで走ることができる人にはうってつけだが、旅行に出かければ電池が尽きて最低ラインの燃費でしか走れない。
しかし、そんなことはわかっている、理解していて買うのなら問題なしだ。なにせ、大人も子供も老人も振り返るほどの美しいクルマが、エンジン音を轟かせずにキーンという電動車独特の静かな高音だけで走り去るのだ。しかも、700万円でお釣りがきてしまうのである。
Peugeot 508 ドライビング・インプレッション
揺れの精度まで設計されたフットワークは素晴らしいの一言
ダイナミックなエクステリアに、エレガントなインテリア、コダワリの強いエンジンを身にまとった Peugeot 508。少し高めの位置にあるシフトレバーは、これまたスポーティなエッセンス。散りばめられたステッチと共に、クルマを運転したい気持ちが高揚してしまう。
その感情をしっかり受け止めることができるのが、フラッグシップ Peugeot 508なのである。ガソリン・エンジンだろうがディーゼル・エンジンだろうが、ロー・アンド・ワイドスタイルに裏切らないフットワークを見せつける。小径ステアリングは(特にクイックでは無いのだが)小気味いい。508 はステアリングの操作する方へと何の不満もなく頭を向ける。
少し乱暴に、交差点の真ん中でステアリングを切り増ししても、いきなり直進に戻しても、何の不満も無さそうに仕事を終える。高速カーブで横Gを与えようとしても、面白いように不快感を与えない。以前、私は「スポーツカーこそ事故回避に一番優れたクルマである」と提唱したことがあったが、スポーツカーは同乗者に優しくない。ところが、Peugeot 508 は十分な事故回避能力を持ちつつ、同乗者にも優しいのだ。
その優しさの源は、やはり足回りにあると言ってもいいだろう。
フラッグシップならではの悩みはアクティブサスペンションで解決するが
高速道路に入り、負荷の高いドライブを体験する。フロント・ストラット式/リア・マルチリンクにアクティブ・サスペンションを組み合わせた Peugeot 508 は、一般道と変わらずロード・ノイズをシャットアウトしている。一見ワルな印象もあるイケメン・カーだが、乗る人にはとても穏やかな印象を与えるのが嬉しいじゃないか。
と、起伏の激しい路面の場合は大きく弾むような特性を見せた。これはどうやら車重の軽い 1.6L PureTech のほうが強く出ている印象がある。ならばと、アクティブ・サスペンションの設定をドライブモードで変えてみる。スポーツ寄りのモードにすると、路面のザラつきが目立ち始めた・・・と同時に、バウンド感覚は消えて無くなった。なるほど、クルマの特性を全て足回りのセッティングで解決しようという意図が見て取れる。
つまり、Peugeot 508 はアクティブ・サスペンションを全車に装備することで、スポーツ派、コンフォート派をひとつの車種で、しかもメンテナンス方法を統一する形で、ユーザーの選択の幅を集約しようという考えなのである。オーナーにとっては、クルマの印象を変えてくれるドライブ・モードは嬉しい装備に違いない。
しかし、である。てんこ盛りである。フラッグシップだからして快適性がなければならないのは当然であるし、プジョーというスポーティさを全面に出すブランドだからこそのフットワークも理解できる。ただ、どちらかといえばやはりスポーティに振っていると思えるし、サスペンションセッティングに定評があり、ストローク量の頼もしいプジョーだからこそ、アクティブ・サスペンションの付いていないノーマルというのも体験してみたいではないか。
それが何故かと言われれば、Peugeot 308 や Peugeot 3008 などのアクティブサスペンションの付いていないクルマの足回りが、大変優秀だからである。電子デバイスの付いていない Peugeot 508 は、何故現れないのだろうか?
「半歩先戦略」は大グループ成立があるからこそ
その答えは、「ステランティス」の成立にあるだろう。つまり、同じグループ内で性格の同じクルマは不要だということだ。
Peugeot 508 の所属するDセグメントでの正統派セダンが欲しい人には、別のクルマを用意するのである。例えば、シトロエンやDSがそうだろう。乗り心地優先のクルマは、別のメーカーに作らせておけば良いのである。
そしてプジョー自身は、スポーティを目指しつつも乗り心地の良いクルマを作るのが上手な会社だ。これがプジョーにとって譲れない大原則であるのなら、Peugeot 308 や Peugeot 3008 よりも一歩も二歩も上のサスペンションが必要なのは言うまでもない。そして、近い将来身内に大きなライバルが現れる。新型 Peugeot 308 は、Dセグメントを脅かすクルマになることは間違いない。
だからこそ、フラッグシップであるが故に様々な電装品武装を行い、Dセグメントのライバル車に対して優位性を保ち、プジョーのクルマの在り方を示す責務を負う。これをプジョー自身が、そしてステランティスが望むから、プジョーのエリートは素性の良さよりも電装品を選んだのだろう。
クルマは、移動するための道具である。と同時に、移動を楽しむ道具であり、自分自身の労働の結晶である。自己表現のひとつであるから、ファッションと言うこともできる。だから、クルマには多様性があって良い。様々な感じ方があっていい。そして、この記事のようなインプレッションも沢山あってもいい。
お互いが優しく、楽しく、ファッショナブルに生きれるクルマに乗る未来。Peugeot 508 を見ていると、そんな夢を追いかけたいと思うのだ。