【愛車の記憶に花を添えて】青色のクーペの残したもの

人は家や土地に想いを込めるように、車にもまた、数多の記憶を刻む。父の車で笑った記憶、母の迎えと背中の夕暮れ、初めての自分の車、そして初めてのパートナーとのドライブ。それらの断片が人生の中で繋がり、一台の車は時には家族の一員になる。

 

記憶を辿れば辿るほど、クルマとの結びつきに驚くはず。感動のない、何気ないクルマとの付き合いも、大事な記憶の1ページである。

 

 

ボンネットは見る影もなく、無惨にも潰されてしまっていた。ルール無用に飛び出してきた輸入車との衝突事故は、幸せな思い出をガラクタへ誘う暴力だった。その時私は、時間を巻き戻す術を探し、夢であれと切望した。

 

 

その青色のクーペは、私が初めて買った車。初めてパートナーと選んだ車。スタイリッシュなフォルムは若さを感るデザインで、人生最初の新車にはピッタリだ。ドアを開けて座席に身を沈めるたび、輝かしい人生が用意されているかのような期待感で満たされる。

 

車を買った。これは誇りだ。

 

私たちはその車で無数の週末を走り抜ける。三浦半島を一周したり、大涌谷で硫黄の香りを楽しんだり。節約のためにと水筒に詰めた手作りの飲み物は、喉が潤えば十分だ。道中の特産品に目もくれず、お手製握り飯が幸せなんだと、財布はガソリンに費やした。そんな貧乏ドライブに、車内はいつも笑顔に満ちて、二人の価値観をぶつけ合い、重ね合いながら過ごした青色のクーペに居る時間は、未来への礎となったのだ。

 

 

結婚式の翌日、早速と繰り出した新婚ドライブ。厚木を抜け、熱海を抜け、何度も走った、伊豆半島東海岸。断崖絶壁を這うように曲がりくねった道を走る。

「この車で初めての旅行。最高よね。」

助手席で、家内になったばかりの彼女が、柔らかく微笑んだ。同じ気持ちが嬉しくて、前輪が空転しかけてしまい、また幸せな時間に包まれる。

 

トンネルを抜けると、眼前には青い海が広がった。窓を開けると冷たい潮風が心地よく、二人の会話が自然と弾む。どこまでも続く海岸線を、引き返す事を忘れて走る、初めて手にした本当の自由。時折見える鳥の群れを追いかけて、群れに負けて、また笑う。その1秒1秒が二人の歴史を刻んでいく。忘れられない、「夫婦」としての第一歩だ。

 

「あのカーブの先の先に、すごい急カーブがあるみたいだよ!」

「わかりました!気をつけて進みます!」

 

マニュアル・トランスミッションを2速3速と行き来させ、110馬力のエンジンでスポーツなフリをした。ナビゲーションは、彼女が見張る地図と指揮だ。それぞれの役割を信じて、目的地へと進む二人三脚。こんな幸せが、互いが白髪になるまで続くんだ。青色のクーペは、エンジン音を高らかに鳴らして祝福した。

 

 

車はその後も、二人の生活に寄り添った。引越しでは、少ないスペースに苦戦しながらも、大切な荷物を運んで行く。家具や段ボール箱を運ぶのは決して得意ではない車なのに、詰め込み過ぎて前の席ギリギリにまで溢れかかった荷物を見て笑い合う私達。青色のクーペも呆れ顔で笑っていたに違いない。

 

「もっと荷物が乗るの車が良い?」

「この車以外、眼中ないかな!」

 

まだまだ続く、どこまでも続く。いつまで続くはず。私は、青色のクーペとの未来は長く続くと信じて疑わなかった。

 

 

スローモーション。目の前に突然現れた、白い車。その車のフロントタイヤへ、青いボンネットが吸い込まれる。相手のドライバーの表情の変化を一コマずつ覚えるほどの緊張感、しかしなす術もなく惰性のままに、予想通りの衝撃が身体を襲う。

 

運命は時に残酷だ。渋滞した交差点での出来事は、一瞬にして私たちの世界を揺さぶった。その鋭い衝突音は、幸せなドライブの記憶を一瞬にして暗転させる。車体は大きく歪み、見るも無残な姿に変わっていた。

 

その時私には、無傷の輸入車を前に、大破した青色のクーペが、恨めしく、悔しそうに見えていた。

 

「自分がアクセルを緩めなかったから、いけなかったんだ。」自責に駆られ、しかしそれをなかったものにしたくなる。いつもは夢から覚めるのに、今日は何も起こらない。

 

なぜだ。何が起きているんだ。

 

それどころか、少しずつ頭が冴えてくる。私は今立っていて、事故処理を進めている。彼女は近所の方々に介抱されつつも、痛みは感じないといっていた。奇跡的に、私たちは大きな怪我にはならなかった。

 

刹那、後悔と願望は感謝に変わる。そうか、その車が選んだのは、私達の命だったんだ。

 

 

彼女が、壊れた車体にそっと手を触れる。青色のクーペの痛々しい姿を見つめながら、彼女の目には涙が浮かんでいた。

 

「ありがとう…。私たちを守ってくれて、本当にありがとう…」

 

 

その車は、修理不可能と判断され、もう二度と道路を走ることはなかった。一年ちょっとの短い生涯、それでも、初めてのドライブ、初めての旅行、そして、守りきった命の再スタートを見守って、私たちは育まれた。

 

「この車でなかったなら、今の私たちはここにいなかった」

 

その記憶は、鮮やかで明確だ。安全運転は、最大限に。安全性能は、最優先に。いま再び二人が選んだ車にも、妥協なくその意思は受け継がれる。ステアリングを握れば、その記憶はいつでもハッキリと蘇る。

 

青色のクーペと共に過ごした時間はかけがえのないものだった。と、私達は時より思い出しては、一緒に走った笑顔の日々を語らうのだ。

 

 

 

人生最初のクルマ TOYOTA LEVIN

 

Episode makomach’s AE111 LEVIN

Memory 1999-04〜2000-06

 

 

車にまつわる想い出を描いてみたいと、2024年最後の記事で試してみました。新車の記憶、結婚後の最初のドライブ、皆さんは覚えていますか?

 

今回、イラストはAIで描き、キャラクターには手描きで修正を加えています。私の使用しているAIでは、車種の指定が難しく、とりわけ有名でない車は一切描いてくれません。ただ、時代が伝わればいいなと思い、違う車種が描かれていますが今回はお試し記事の一要素として使用しました。

 

ちなみに、キャラクターは私達夫婦をイメージしています(笑)

 

さて、時より、私の書く文が好きだと言ってくれる方がいます。いつか会いたいと言ってくれる方がいます。その為にもブログを続けたいのですが、同時に誰かの役に立たないかなとも考えました。

 

誰かの想い出を、文章とイラストに起こして残す。そんな事ができるようなら、夢みたいじゃありませんか。

 

新たな可能性を考えながらの、2024年年末です。来年もmonogressを、宜しくお願いいたします。