輸入車に乗せて初めてふれる父の心(ショートストーリー)

完全に、この夏の父との思い出の話です。せつない系です。少しスランプです。

 

Short Story

先日、両親を連れて墓参りに行ってきた。父は70歳を超え、運転するのが怖いといい車の車検を通さず、売却した。

 

クルマがない生活には慣れたようだが、真夏の買い物は考えただけでも辛そうで、ならばということでお盆の墓参りには私が連れていくことにした。

 

考えてみれば、いつも自分の家庭を優先していた私である。両親をマイカーに乗せるのは、何年ぶりだろうか。

 

家族を家に置いて、私と両親の三人での墓参り。いつもよりも感慨深い記憶になった。

 

 

peugeot 308SWに乗せた父親の第一声「随分ステアリングが小さいな」に、私は少し驚いた。

 

父親はクルマには興味はないと思っていたからだ。

 

私の父は、40歳になってから運転免許をとり、ボンバンであったスバルレックスが最初の愛車だった。ボンバンだったこともあり、リアシートの背もたれは腰までしかない代物だったが、家族全員でマイカーの喜びに沸いたことはよく覚えていた。

 

その後、サンバー、ジェミニ、ムーブと乗り継ぎ、最後の車となったのはトヨタスプリンター。一度も新車を買うことなく終えることになった。

 

家計の中で車に割くお金が無いのか、重要度が低いのか、とにかく安い車を買っていた父。だからこそ、車への興味はないのだと思っていたのだが。

 

「プジョーか、出世でもしたのか?」

 

「大きなサンルーフだな!」

 

「近くに障害物があると音が鳴るのか!」

 

「液晶表示で真上から見えるのか!大したもんだ!」

 

「乗り心地が良いなあ。高級車だな!」

 

言うこと言うこと、車のアピールポイントをついてくる。本当に興味がなければ、ゆっくり座って外でも見ていたことだろう。

 

ところが、たくさんの事に興味を持ち、車は有難いものだと何度も繰り返していた。

 

 

子供の頃、本当は私としても軽自動車ではなく普通車に乗って欲しかった。明らかに貧相な旧規格の軽自動車は広いと感じる要素はなく、路線バスよりも小さな背もたれは、乗り心地が良いとは決して思わなかったし、”貧乏”な感覚は嫌だった。

 

酒も飲んだし、タバコもしてたし、ギャンブルにも手を出しては、泣き寝入りする姿を何度も見た。反面教師。私はタバコもギャンブルもしない男になり。車へもお金をかける人となる。

 

仕事を転々とした父。私は一度も転職をせずにいる。見事なまでに逆の人生を送ろうとする私は、父の仕事ぶりや生き方に共感を覚えずに過ごしてきた。

 

いや、少し羨ましいとは思う。父の人生は自由であり、好き勝手だ。転職も酒もタバコもギャンブルも、体験できることは全てやったのだろう。

 

私は臆病だから手を出さなかっただけ。

 

 

もしかしたら、父も少しは私を羨んでいるかもしれない。それなりの会社で長く働き、それなりのいい車に乗っている。子供が成長して安定を手に入れたなら、親としては安心するだろうし、誇りに思うだろうし、男としては少し羨ましいに違いない。

 

父の望んだ生活を、私が歩んでいるのかもしれない。生きた時代が違うのならば、趣味も仕事も変わってくる。私が輸入車に乗れているのは、時代と、親の生き方の延長線上にあることは間違いないのだ。

 

町内会長になったからとパソコンを買い、私に扱い方を教えてとお願いしたり、歳を重ねても好奇心の絶やさない父は、私の人生を逆さまに生きているようで、対して私は、これから独立を企てる。好奇心を絶やすことのない血を受け継いでいるのなら、とても幸せな事だと思う。

 

父は私に車のことを色々聞いた後、最後にこう言った。

 

「最近の車は楽しいな。また車が欲しくなってくるよ。」

 

年金生活で車など買えない父の発した言葉。それが叶わぬ事だと思う私は、その好奇心を誇りに思いつつ、少し寂しくて。

 

また乗せてあげるからさ、と言うのが精一杯であった。

 

Afterword

一番有難いのは、両親が今まで健康に過ごしてきた事。もしかしたら、ストレス社会に生きる私よりも長生きするのではないかと、未だにビクビク喜んでいる甘い私が居ます。

 

田舎に行くときには一緒に行くことを提案するつもりですが、なにせ都会生活が好きな2人は、きっと居続けることでしょう。

 

高度成長期を走り抜けた両親には、晩年は気楽に過ごしてほしいと願います。

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