夢を追うのは難しい。将来と今の間にある理想と現実の大海原を渡す術など、誰にもわかるはずがない。誰も教えてくれるはずがない。見えない将来は心を暗く貶めるから、夢の続きを諦めてしまいそうになる。
それでも人は夢を追い、今を乗り越えて生きていく。暗い浦波の先に見える、小さな塔台の光を目指す。夢こそは、すべての力の源だ。
Peugeot 308SW に魅せられた男が一人居た。朝の5時、愛車との最後のロングドライブ。ディーゼル・エンジンに火を灯す。
Peugeot 308SW と巡る最後の信州
愛車に課した最後の旅路は、日帰り弾丸ツーリング。田舎暮らしとカフェの開業、私の夢を叶えるために何度も何度も繰り返した、いつもどおりの関東と信州の往復だ。一回あたり 500km を走るのは 40 代中盤にはなかなか辛いが、高速道路の快適性能に秀でた Peugeot 308SW は、我々家族を安全に、快適に、長距離移動を楽しませてきた。
そして、ようやくみつけたベストな場所。抽選販売にはなるものの、もう一度見つかるかはわからない素敵な土地との巡り合いは、今までの Peugeot 308SW の功績だったと言っても過言ではないのである。
愛車と迎える最後の旅が、私たちの将来につながるといいな。
Peugeot 308SW は、1.5L BlueHDi ディーゼルエンジンの軽快で楽しげなサウンドを轟かせ、急な登り坂の多い中央道を西へ西へと進んでいく。少しのアクセルの踏み込みだけで、速度を落とさず走りゆく。
小さな窪みを踏んだ時のボディの揺れ。橋の継ぎ目の柔らかさ。どれをとっても身体に染み付いた愛車の挙動だ。慣れ親しんだ動きをしっかり噛み締めながら、よくぞここまで我が家の旅に付き合ってくれたと感謝する。
快走をつづけてふと気付くと、雄大な八ヶ岳が見えてきた。元は富士山超えの大山だったと言われている八ヶ岳。大きな麓のその奥には、ビーナスライン。そうだ、最後の記念にビーナスラインを走っておこうかな?嫁ちゃんにそう告げると、「いいんじゃない?」とにっこり微笑んだ。
その笑みが嬉しくって、我に帰る。自分の為だけに走り続けるのがなんだか惜しい気がしてきて、だから前から嫁ちゃんが行きたがっていた奈良井宿へと舵を切る。Peugeot 308SW との最後のドライブ、せっかくだから、新しい道を進もうじゃないか。
スイカを4つ積んだって、家族4人の着替えも余裕な Peugeot 308SW。ツルヤで買い物をしたあとに、お目当ての不動産物件を訪ねに行く。写真で見るよりも美しい、とても素晴らしい山の景色。ここは果たして、私達家族を選んでくれるだろうか。あまりに素晴らしい場所なので、308 との記念写真をパチリと1枚撮っておく。
クルマを愛する人には、必ず響く場所のはず。淡い期待で留めながら、その場所を後にする。
感謝してもしきれない Peugeot 308SW と人のつながり
沢山の思い出が、どんどんフラッシュバックする。一度は決まりかかった土地もあった。家を建てようと決めた後に、ウッドショックもやってきた。夢を追うためと住宅を手放し、308 に荷物をぎゅうぎゅうと詰め込んだ引っ越しも懐かしい。
プジョー・ブロガーのオフに行った。初めてのオフだった。大黒パーキングで白いワゴンを並べて笑いあった。日の出の海で眠い目をこすりながら、人の目を気にせずに写真を撮った。
ビーナスラインのオフは Peugeot308SW は機嫌を損ねて行けなかった・・・今までの愛車とは比べ物にならないほどの思い出だ。たったの2年半なのに、あまりに中身の濃すぎる時間。フランス車には、人を結びつける力がある。そう感じさせるクルマだった。
ラスト・ランとその先へ
帰り道。電光掲示板には早くも、「高井戸 2時間以上」の文字が出た。このままトロトロ走るよりも、一般道でも良いからサクサク走りたい。大月から分岐して、渓谷越えの道を選ぶ。
前を走る小さなポロを追いながら、険しい曲がり道をくねりくねりと走り行く。先の見えない道をゆくのは楽しくて、小径ステアリングをクルクルと左右に回す。
「パパ、疲れたでしょう?小ネタで笑わせてあげる。」と言う娘ちゃんの話は、思っていたよりも笑えるネタで、ステアリングが危うくなる。最近、車の運転に興味が湧きつつある娘ちゃん。大学生になる前の春休みに免許をとるのが目標だ。運転席に目をやる彼女の瞳は、ルームミラー越しにも光って見える。
一方、クールに車窓を眺める息子。私を越えた背の丈は、Peugeot308SW でさえも窮屈そうだ。
(だからと言って、ミニバンというわけにはいかないんだよね・・・)
ワインディングをプジョーに乗って駆け抜ける。娘ちゃんは左右に揺れながら「きゃあ」なんて言っている。楽しい Peugeot308SW の車内の空気は、なるほど走りの良さは外せないのだな、なんて考えてしまう。
高速道路の快適性能。
ワインディングの旋回性能。
大人四人分が快適である居住空間。
特徴あるエンジンとそのサウンド。
脳裏に焼き付くスタイリング。
そして、これからの時代を少しでも有利に走るための、平均以上の実用燃費。
あぁ、そうなんだ、私の選びたいクルマは、これなんだ。
クルマに何を求めるかは、人の趣向、置かれた環境、その時代毎に違うだろう。ただ移動できれば良い、室内が広ければ良いというなら、今の日本は世界に類を見ない、安くて広いクルマが沢山走っている。それはひとつの合理的な選択肢だ。
私の求めるクルマ像は、無理に速度を上げなくても楽しく走れるクルマだ。家族と安全で快適に旅行を楽しめるクルマだ。これが日本車で見当たらないから、輸入車を選んだのだ。VOLVO は小さなわが子をシェルターのように守りながらエンジンの特性を楽しんだ。Peugeot は来るべく引っ越しへの準備もできて、ロングドライブも痛快なクルマを選んでいた。
「私ね、VOLVO V40 がウチから居なくなった時、寂しかったんだよ。」
おもむろに娘が言いだした。
「VOLVO は私の思い出だから。気づいたときにはもう、VOLVO だったから。Peugeot が嫌だとかじゃなくて、単純に VOLVO V40 が良かったんだ。」
「え・・?そうだったんだ?」
「だからね、移住して免許をとったら、VOLVO V40 を買おうと思うんだ。私専用の赤い V40、いいでしょう?」
気づかなかった、娘のクルマへの思い入れ。クルマに乗ればすぐに寝てしまう彼女にとって、移動する昼寝マシーンでしかないと私は勝手に決めつけていた。
「ママの席に座らせてもらうとさ、楽しいんだよ。前のシートフカフカだしさ、眺めいいしさ。」
熱いものがこみ上げてくる。表現しきれない嬉しい苦しみ。そうだね、初心者なら安全な VOLVO がいいね。
「よかったね、パパ」
と嫁ちゃんが言った。うん、本当に嬉しいよ。自分のクルマ選びが、クルマが好きだという感情が、しっかり伝わっていたことが。輸入車のブログを書いていて、同じ車を買ったという話を聞くのも嬉しかった。あぁ、なんて素晴らしい人生なんだ。
「うん、ものすごく嬉しいね!だからパパも今決めたよ。次のクルマは青色にする。今よりもう少し走って、乗り心地も良くて、燃費が良くて、ちょっとカッコいいクルマにする!」
嬉しそうに声が高ぶる私を見て、ちょっと驚く嫁と娘。
「えっ、今決めたの!?しかも青色!?クルマはもしかして・・・」
「うん、HONDA CIVIC e:HEV に決めた!」
「最初にホンダに行ったときには、決まっていたんじゃん!?」
嫁ちゃんが私を可愛く攻め立てる。
「違うよ、相当悩んだよぉ。」
「あの青色、結構はげしかったよ(汗)」
「最初に僕らのマイカーになった、TOYOTA LEVIN といっしょじゃないか。」
「あのときは 20 代だったじゃない(ㆀ˘・з・˘)」
「Peugeot を白にしたら、駐車場で見つけにくいって言っていたじゃないか(ㆀ˘・з・˘)」
大丈夫、むしろ青色は煽られにくいかも、エアロパーツつけないから走り屋さんからも無視されるよと家族を説得。基本的に嫁ちゃんに同調する娘ちゃんも加わって、車内はボディカラー大合戦で大賑わい。やれ白なんじゃないか、赤なんじゃないかと言ったところで、赤は VOLVO には叶わない、白は今回ばかりはツマラナイと自分の意見を貫き通す。
あれ、結局最後まで自分の好きを貫き通すのか・・・
「まあ、ボディカラーはもう少し考えるよ。アイスたべたくない?コンビニよらない?」
「アイスで釣るな。」
「そうだそうだ!」
ケタケタと騒がしい快速ファミリー輸入ワゴン。小さい頃に軽自動車で辛いドライブを強いられてきた、私の望んだ家族像だ。贅沢な希望を叶えてくれた、感謝をしてもしきれない Peugeot 308SW とのラストランは、忘れえぬ赤青ステッチの余韻を残して、ゆっくり幕を下ろすのだった。
ーーー おわり ーーー
ということで、ここまでお付き合いありがとうございました。我が家の次のクルマは、HONDA CIVIC e:HEV に決定です。輸入車を含めて考えれば、私の趣向に合うクルマは結構沢山あると思います。ところが今回は日本車からの選択で、フランス車を選ぶ以上に大変でした(笑)
輸入車推しじゃなかったんかい!とか、プジョー・ボルボ・輸入車に偏っていた monogress をどうするんじゃい!とか様々なご意見があるかと思いますが、その辺りはちょいと時間をかけて、移住地探しや会社での立場を含めてゆっくり考えたいと思います。
車以外の事も書きたいし、せっかくブログを書くペースも戻ってきたので、 aosora.blog でも書きながら CIVIC が来るのを半年間待ちたいと思います。
兎にも角にも、皆様 monogress をお読みいただきありがとうございました。