【モーター・アーツ】PORSCHE 718 Boxster 秀作に沁み入る美女の味

クルマに乗るのが大好きだった。クラッチをきり、シフトレバーを1速に入れて、アクセルをじわっと踏みながら左足を浮かしていく。クルマに走る緊張感は力を込めたアスリートのようで、それをコントロールできるクルマという文化が好きだった。

 

車好きの終着地はどこだろう?いつかはクラウンかもしれない、ランボルギーニかもしれない。誰もが夢見るスポーツカーは、誰もがたどり着ける夢ではない。一握りの人に与えられた栄光であることは仕方がないことだろう。

 

それでも、夢見ることは自由である。私達は自由の国の人なのだ。だから私もこのクルマを、勝手な解釈で文字のアートに引きずり込んだ。いつか手にする夢を添えて。

 

 

PORSCHE 718 Boxster GTS

モーター・アーツ

 

 

「触れることさえ叶わない」ことは世の中には沢山あるのだが、高級車と美しい女性は最たるものだろう。至高を目指し鍛錬を積み重ねた彼女らに対しては、紳士な態度で挑むのは当然である。ポルシェのクルマもその域のものであり、自らの鍛錬や社会の地位を無くしては、挑むことさえも失礼に値する。

 

PORSHCE 718 Boxster GTS 正面より

PORSHCE 718 Boxster GTS コックピットが格好良い

 

ポルシェを所有する。それは、シリコンバレーにある大企業の社長秘書を彼女にしよう、と考えるようなものだ。

 

頭脳明晰で誰もが振り向くような美しさを兼ね備える、才色兼備な彼女に話しかようと思うのなら、まずは社長に近づかなくてはならないだろう。社内での地位を徹底的に高める道。しかも若いうちにと考えるのなら、他人の何倍もの努力が必要なことは想像に難くない。

 

努力家だった貴方が無事に彼女に近づけたとして、恋に落とすにはスタイルやファッション、彼女の趣味に合わせるなど、下手をすると身を滅ぼしかねない、さらなる鍛錬が必要だ。もちろん、男が女に振り向いてもらうのなら、当然やりきらなければならないミッションでもあるのだが。

 

PORSHCE 718 Boxster GTS リア
全高 わずか 1,272mm、車幅 1,801mm とコンパクトな 718 ボクスター GTS。その心臓部は自然吸気にして 420 Nmの大トルク!

 

そして、好きでもなかった占星学で博士号を得るような苦労をしても、彼女を恋に落とせるかはわからない。彼女の心は彼女自信のもの。貴方は、ただ彼女の「彼氏にしても良いかなリスト」にエントリーされるに過ぎないのだ。

 

しかし、無事に彼女を恋に落とせたのなら・・・これだけの難関を突破した勝者には、甘美な生活が訪れる。

 

PORSHCE 718 Boxster GTS 赤いシートベルトとコックピット

 

ポルシェ 718ボクスター GTS の、ドライバーズシートに腰を下ろす。背中に感じる鼓動は間違いなく「生き物」だ。なんのブレもなく動き続けるピストン音は心臓のようで、ゆったりと身体を預ける自分が居ることを自覚する。アクセルでどんなに煽ってみても、ウルサイと感じることの無い不思議。私が触るたびに違う反応を返してくる彼女の性格は、従順であるに違いない。

 

その尊厳に失礼のないように、ゆっくりと優しく左足を緩める。いとも簡単にクラッチがつながった事に喜ぶ間もなく、数ミリの余裕も残さずに全身が一体になった感覚を覚える。同時に、身体の硬さが解けていく。ポルシェという最高級の彼女を相手にしているという緊張感は、クラッチミートひとつで安心に変化した。

 

確認の為にクラッチを切り、2度、3度とアクセルを煽りながらクラッチを繋ぎなおす。うん、大丈夫。とても優しくつながる・・・このクルマは、私を上手にガイドしてくれる。小さな自尊心に火をともし、彼女の世界に潜り込んだ。

 

PORSHCE 718 Boxster GTS 赤いブレーキ
GTS 4.0のエンブレム。「まったく、若いうちからこんなに良い車には乗っちゃいかんよ!」という言葉よりも、「振り回して楽しいクルマに乗らんかい!」を信じた若きオーナーの過ちである(笑)

 

1速を早々に、2速、3速と小刻みに。公道ならば4速まで入れば十分だろう。その都度、背中からの美しい声は、ふっくらとしつつ艶があり、心を潤してくれる。3速、2速とダウンシフトも、ナチュラルに軽やかに。シフトショックは現れず、想像以上に懐が深い。

 

それは、乗り心地も同じだった。タイトなシートの座面は固め。路面の凸凹は忠実な報告。だが、雑音はしっかりと消し去るし、ショックはボディを3次元的に揺らすことで解消した。同時にいくつもの凸凹があったとしても、揺れと揺れとを相殺するから不快にはならないのだ。

 

うん、さすがはポルシェ・・・走ることに本当に必要な情報だけを伝えるから、ドライバーは適切に対処できる、というわけか。面白いくらいにスポーツしない・・・いや、本当のスポーツカーを私が未だ知らないだけか。なんだか、自分が情けなくなってくる。いつまでも彼女の仮初めのツアーに任せるだけで良いのだろうか。

 

だから、私はひとつの決意をしながらカーブを曲がる。ここからは自分の本気を信じ、挑んでみよう。

 

PORSHCE 718 Boxster GTS コックピット

 

シフトポジションは1Speed、アクセルをできるだけの素早さで、できるだけ深く踏み込む。右足にリンクするように加速する 718ボクスター。いや、まだまだ身体は楽そうだ。踏み込み量も足りていない。自分の中に甘さがある。

 

さらに奥にアクセルを押し込む。身体にかかるGが増えた。しかしだ、彼女の声はNGだ。つまらない男、貴方は私を愉しませる気はあるの?と煽られた ーーー 良いだろう、私だって、社長秘書の笑顔の裏に潜む、闇の部分を覗いてみたい。

 

アクセルを蹴り込んだ。

 

先程までの艶と優しさのあるエンジン音とは違う、大きな息の混ざる善がり声・・・! ギララララ!と共に、ファーーー!という空気を吐く音が混ざりあい、その一瞬で自分の位置が多重次元を転移したかのようにズレるのがわかる。アクセルを抜き、また奥に沈める。ボクスターの咆哮を聞く度に、高揚していくのがわかる。得体のしれない力が漲ってくるではないか!

 

高回転での2Speed!クラッチを繋ぐ時間ももどかしく、さらに先を目指したくなる。さあ、いこう・・・・!

 

などという一瞬のドラマを見ただけで、公道の最高時速に届いてしまった。うん、せめて最高時速 120km/h 区間だったらな。彼女との戦場を間違えた感、しかし、さがりゆくエンジン音に「いつか君と」の気持ちをのせて、最高級の恋愛疑似体験を終えることにするのだった。

 

PORSHCE 718 Boxster GTS エンジンフード

PORSHCE 718 Boxster GTS 誇らしげなエンブレム
水平対向エンジンが鎮座する、リアのエンジンフードとポルシェのロゴ。脈々と受け継がれるポルシェの意志が途絶えることは無いだろう。

 

自分の無知がさらけ出されることを覚悟の上で書くとして、今までに乗ったクルマの中で、最高にアクセル・レスポンスが良く、最高にフットワークの良い車だった。純粋に走ることに特化したクルマ。だが、そこにスパルタンは含めない。速さを求める為に苦しみを味わうのではなく、クルマという道具の最高峰のひとつを味わうためのものだった。

 

だから、最近のエッジを効かせたデザインではない、なめらかな曲線を多用した、女性の身体のようなボディラインがとても似合う。既に「秘書」だの「彼女」だのと比喩してしまっているのだが、ポルシェは間違いなく女性的で、抱かれたときに感じる母親のように包み込む安心感も確かにそこに存在するのだ。

 

PORSHCE 718 Boxster GTS オープントップ
無駄なものを排除する哲学。世の中のエッジの効きすぎたデザインを否定し、己の道を歩む姿。それはボディの美しさに見て取れる。

 

女性のような形容しがたい優しさは、パフォーマンスにも現れる。

 

アクセル、ブレーキ、サスペンション。どれをとっても高性能ではあるのだが、乱暴でドライバーを迷わすような仕草は一切見られない。はるかな高みから、全てを悟ったようにシステムが「無理」を制御する。そこには、殴りかかるような男子を叱りつけるわけではない、乱暴を品格の良い動きに改めてくれるような、筋の通った慈愛と矯正を感じるのだ。

 

ぶつかり合い、喧嘩になり、戦争を起こしてしまう男性では得られない、意識の世界。とても美しく、とても頼りになり、とても愛おしい。深い感性の世界を一言で言い表すのに、女性的という表現以外に何があるだろうか。

 

PORSHCE 718 Boxster GTS グレー

 

ポルシェ 718ボクスター GTS。いつかは夢のポルシェと言う人もいれば、今はとりあえずポルシェという人もいる。人それぞれの経済状況で見方が変わるのは実用車も高級車も一緒だが、高級車らは間違いなく夢の到達点であり、通過点でもあるものだ。

 

人によっては、購入者を批判することもあるだろう。贅沢品であり、趣味の世界であり、不必要と言われれば「視野」によってはそう言える。「夢」を見なければそう言える。だが、そんな人は放っておけば良いのである。

 

乗った途端に虜になってしまう ポルシェというメカニズム。これが歴史なのである。これが文化なのである。これが英知なのである。クルマ好きとして、このクルマを支持しない理由はどこにあろうか。

 

ひとつの頂点、ポルシェ。こちらを振り向き、にこやかに手を振るような愛おしい存在感は、今は未だ私の手では得られないモーター・アーツ。精巧で秀才たる自動車に触れることに感謝しつつ、いつかを信じて鍛錬しよう。

 

そう、彼女の笑顔は、夢から現実に変えられるのだ。

 


 

(取材協力)アキタロさん

 

もうひとつ、感謝を。

 

今回ポルシェに試乗する機会を与えてくれたのは、ブログ仲間のアキタロさんです。彼・・・(公認)自称”まこまちさんのブログ弟子”な彼の呼びかけにより開催された、車ブロガー・オフ会での出来事でした。

 

PORSHCE 718 Boxster GTS とブロガー達

 

もちろん、公認しているのは「自称」のところだけ(笑)だけど、私がポルシェの動きに感動し、咆え、それを見た彼が満面の笑みでバンザイをしていたことは、しっかりと記憶に刻んでおきたいと思います。

 

アキタロさんのカー・ライフに幸あれ! そしてまた、レア車に乗せてくださいね(笑)

 

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